神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1032号 判決 1994年10月25日
原告
栗林治
ほか一名
被告
浜崎光男
ほか二名
主文
一 被告らは、原告栗林治に対し、連帯して金一〇九五万七〇九〇円及び内金九九五万七〇九〇円に対する昭和六二年一二月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告栗林笙子に対し、連帯して金九八三万七〇九〇円及び内金八九三万七〇九〇円に対する昭和六二年一二月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
五 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告栗林治に対し、連帯して金二八四三万五四一三円及び内金二七二三万五四一三円に対する昭和六二年一二月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告栗林笙子に対し、連帯して金二六六八万〇四一三円及び内金二五四八万〇四一三円に対する昭和六二年一二月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故により死亡した訴外栗林信二(以下「信二」という。)の相続人(両親)である原告栗林治(以下「原告治」という。)及び原告栗林笙子(以下「原告笙子」という。)が、被告浜崎光男(以下「被告浜崎」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告高田初男(以下「被告高田」という。)及び被告東和工業株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては自賠法三条、民法七一五条に基づき、損害賠償を求める事案である。
二 争いのない事実等
1 次の交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 発生日時
昭和六二年一二月五日午前八時二〇分ころ
(二) 発生場所
神戸市西区枦谷町寺谷一二四八番地の五五先県道小部明石線上の信号機が設置されていないT字型の三叉路(以下「本件交差点」という。)
(三) 事故の態様及び結果
前記県道を南方から北方へ向かつて進行していた被告浜崎運転の大型貨物自動車(大阪一一に二〇五二、以下「加害車」という。)が本件交差点を東方向へ右折しようとした際、折から対向車線を北方から南方へ直進していた信二運転の自動二輪車(一神戸と七三九六、以下「被害車」という。)が転倒し、そのまま路上を滑走して右加害車に衝突し、よつて、同人は、頸髄損傷により死亡した(即死)。
2 相続
信二の相続人は、両親である原告両名である(甲第三号証)。
3 被告高田の責任
被告高田は、加害車の保有者であり、被告浜崎を雇用し、本件事故発生当時、同被告を自らの業務に従事させていた。
よつて、被告高田は、自賠法三条にいう運行供用者及び民法七一五条にいう使用者としての責任を負う。
4 被告会社の業務内容及び被告高田との関係
被告会社は、本件事故当時、砂利採取販売業を営み、被告高田を砂利採取主任として雇用していた。また、被告高田は、右採取した砂利の運搬のため、被告浜崎らを雇用し、かつ、加害車を保有していた。
三 本件の主要な争点
1 被告浜崎の過失
2 被告会社の責任
3 原告らに生じた損害額
4 過失相殺
四 本件の争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告浜崎の過失)
(一) 原告らの主張
被告浜崎は、本件事故当時、加害車を運転して本件交差点を右折しようとした際、対向直進してくる信二運転の被害車を認めたのであるから、同交差点中心付近で一時停止または徐行するなどして同車の動静を注視し、その通過を待ち、安全を確認したうえ右折進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、同車の動静を注視することなく、自車が先に右折できると軽信し、同交差点中心より手前で小回りをして右折進行した過失がある。
なお、被告浜崎は、加害車に最大積載量を上回る土砂を積載しており、運転が不安定な状況にあつた。
(二) 被告らの主張
被告浜崎は、対向車線に対向車がないことを確認してから本件交差点に進入した後、対向直進してくる信二運転の被害車を認めたものであり、対向車間距離、制限速度等から、自車が安全に右折することができると判断して右折を続行したものである。
これに対し、信二は、制限速度をはるかに上回る速度で被害車を運転していたうえに、前方を注視していなかつたために、既に右折の状態にあつた加害車の発見が遅れ、運転技術の未熟さから運転操作を誤つて自車を制御することが不可能な状態に陥り、転倒して、加害車に衝突したものである。
したがつて、本件事故はもつぱら信二の過失により発生したもので、被告浜崎には過失はない。
2 争点4(過失相殺)
(一) 被告らの主張
仮に被告浜崎に何らかの過失が認められるとしても、信二には大幅な制限速度違反、前方不注視の過失があり、しかも運転技術の未熟さから運転操作を誤り、死亡という重大な結果が生じたものである。
よつて、七割以上の過失相殺がなされるべきである。
(二) 原告らの主張
信二に過失があつたとの主張は争う。
信二は、本件事故当時、前方注視義務を十分に尽くしていたが、被告浜崎が、突然強引に加害車を右折したため本件事故が発生したものである。
また、信二運転の被害車の速度は、法定制限速度をごくわずかに超過していたにすぎず、過失相殺において斟酌するほどのものではない。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告浜崎の過失)
1 前記争いのない事実と甲第一六ないし第二一号証、第二七号証、検甲第一号証、乙第一ないし第四号証、証人大慈彌雅弘の証言、原告栗原治及び被告浜崎各本人尋問の結果、鑑定の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件事故当時、信二と被告浜崎が進行していた道路は、片側各一車線、車道総幅員が七・七メートルの南北に通じるアスフアルト舗装の道路であり、その西側が山斜面で、本件事故現場付近で多少湾曲しており、対向車同士がやや見えにくい状況である。右道路は、本件事故現場付近において、南から北に向けて約三パーセントの上り勾配となつており、その制限速度は五〇キロメートル毎時である。
本件交差点は三叉路であり、中央線の引かれていない幅員六・六メートルの道路が、右南北道路にほぼ直角に交わつて東に通じている。
(二) 被告浜崎は、本件事故直前、被告会社の土砂採取現場で、加害車に最大積載量を超える土砂を積載し、同社の土砂選定の作業現場に向けて出発し、右上り坂の道路を時速約一〇ないし二〇キロメートルの速度で北進した。そして、本件交差点の手前で右折の合図をし、少し進行して右折を始めた後、前方の対向車の有無を確認し、かなり前方を南進してくる被害車を認めたが、同車よりも早く右折できると考え、小回りの状態で右折を続けたところ、転倒、滑走して来た被害車と衝突した。
(三) 信二は、本件事故直前、被害車を運転して南進し、本件事故現場の約一四〇メートル手前で、先行していたバスを時速七〇キロメートル以上の速度で追い越し、その後、下り坂の道路をやや減速して進行を続けた。そして、本件交差点の相当前で対向進行してくる加害車を認めたが、そのまま進行を続け、本件事故地点の約三〇メートル手前で右折している加害車に気づき、危険を感じて狼狽のあまり運転操作を誤り、自車を転倒、滑走させて加害車と衝突した。
(四) 被害車の右転倒、滑走直前の速度は、時速約六〇キロメートルであつた。
2 被告らは、本件事故直前の被害車の速度は時速九〇キロメートル以上であり、本件事故は、信二の無謀運転による一方的過夫により発生した旨主張し、甲第一九、第二〇号証、被告浜崎の本人尋問の結果の中には、右主張に沿う部分がある。
これに対し、原告らは、被害車の右速度は時速五〇キロメートルをごくわずかに超過していたにすぎず、信二には何らの過失がない旨主張し、甲第二二ないし第二六号証、第三〇号証、原告栗林治の本人尋問の結果の中には、右主張に沿う部分がある。
しかし、本件事故直前の被害車の速度を時速約六〇キロメートルとする鑑定の結果は、被告浜崎の本件事故による刑事事件記録及び本件記録等幅広い資料を参照したうえ、事故現場の状況、加害車・被害車の衝突位置、衝突痕跡等を鑑定資料にして、科学的手法にのつとつたものであり、その過程に別段不自然な点もなく、さらに、右鑑定の結果は、前記刑事事件において作成された鑑定書(甲第一六号証)及び本件事故直前、信二に追い越されたバスの運転手の目撃状況(甲第二一号証)とも合致している。
したがつて、これら証拠に照らすと、本件事故直前の被害車の速度は時速約六〇キロメートルであつたとする右認定に反する右各証拠はいずれも採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右1の認定によれば、被告浜崎は、本件事故当時、道路を右折する際、特に直進車両の有無を確認し、直進車の進行を妨げないで右折進行しなければならない注意義務があるのに、安易に自車が先に右折できると考え、右折を開始して続行したため、若干制限速度を超過していたとはいえ、直進車である被害車の運転者である信二に危険を感じさせて、狼狽のあまり運転操作を誤らせ、被害車を転倒、滑走させて自車に衝突させたものであるから、同被告の過失は明らかである。
二 争点2(被告会社の責任)
被告会社が被告高田を雇用していたこと、被告高田が被告浜崎を雇用し、かつ、加害車を保有していたことは争いがなく、甲第七、第八号証、第一八号証、被告浜崎の本人尋問の結果によると、本件事故当時、被告浜崎の運転していた加害車は、もつぱら被告会社が土砂採取現場で採取した土砂を選定作業現場まで運搬する作業のために使用されており、右作業中に本件事故が発生したこと、被告会社は加害車への土砂の積み降ろしの作業を直接指揮監督していたことが認められる。
以上によれば、被告会社は、加害車に対して運行支配及び運行利益を有し、自賠法三条にいう運行供用者としての責任を負うべきであり、また、民法七一五条にいう使用者としての責任を負うべきである。
三 争点3(原告らに生じた損害額)
1 信二の死亡による逸失利益(原告らの主張は金五七七九万四七一五円)
甲第三号証、第三二ないし第三四号証、原告栗林治の本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、信二は本件事故当時、満二〇歳の男性で、神戸高等専門学校五年に在学中であり、山梨大学工学部の編入試験に合格し、昭和六三年四月から同大学に編入学する予定であつたことが認められる。
したがつて、同人の死亡による逸失利益を算定するには、同人が満二二歳から満六七歳まで、賃金センサス平成二年度(同人の就職予定の年度)第一巻第一表の産業計、企業規模計、男子労働者、旧大・新大卒、二〇~二四歳に記載された金額(これが年間金二九四万三九〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を得る蓋然性が高いものとして、これを基準に生活費割合として五〇パーセントを控除したうえ、中間利息の控除につきホフマン方式によることとする。
そして、これを算定すると、次の計算式により、同人の死亡による本件事故当時における逸失利益の原価は、金三二三四万〇二一三円となる(円未満切捨て。以下同じ。)。
計算式 2,943,900×0.5×(23.832-1.861)=32,340,213
2 車両損害(原告らの主張は金一六万六一一二円)
検甲第一号証(二四枚目ないし三三枚目の写真)、乙第一号証、弁論の全趣旨によると、本件事故時に信二が運転していた被害車は、本件事故により前照灯、メーター、前輪泥よけ、カウル破損、フロントフオーク、前輪、ハンドル曲損等の損害が発生しているものの、全損あるいは修理が著しく困難になつたものではなく、相当な修理により修復が可能であつたことがうかがわれる。そして、このような場合、車両損害の額は、適正修理費相当額または事故前後の当該車両の評価額の差額となるべきところ、本件全証拠によつてもこれらを具体的に算定することができない。
しかし、被害車の右破損、曲損の箇所、程度、本件事故状況、被害車は昭和六一年一一月三〇日に金三五万八〇〇〇円で購入されたこと(甲第一四号証、乙第一号証)等諸般の事情を考慮すると、本件事故により、被害車には少なくとも金一〇万円の損害が発生したとみるのが相当である。
3 葬儀関係費(原告治の主張は金一七五万五〇〇〇円)
甲第九ないし第一三号証、原告栗林治の本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告治は、信二の葬儀を行ない、その費用として金一七五万五〇〇〇円以上の支出をしたことが認められる。
しかし、信二の年齢その他一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は、金一二〇万円とするのが相当である。
4 慰謝料(原告らの主張は原告ら各自金九〇〇万円)
本件事故の態様、結果、信二の年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、信二が死亡したことにより原告らの被つた精神的苦痛を慰謝するには、各金九〇〇万円とするのが相当である。
5 合計
前述のとおり、信二の相続人は原告両名であるから、原告治の損害は金二六四二万〇一〇六円(1及び2の各二分の一並びに3、4の合計額)、原告笙子の損害は金二五二二万〇一〇六円(1及び2の各二分の一並びに4の合計額)となる。
四 争点4(過失相殺)
車両等は、交差点に入ろうとするときは、当該交差点の状況に応じ、反対方向から進行してきて右折する車両に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない(道交法三六条四項)ところ、前記認定によれば、信二は、本件事故直前、前方から対面進行してくる加害車を認めながら、制限速度を超過した時速約六〇キロメートルの速度で進行を続け、本件交差点の約三〇メートル手前で加害車が右折していることに気づき、危険を感じて狼狽のあまり運転操作を誤り、自車を転倒、滑走させて、加害車に衝突したものであるから、信二には、前方不注視及び制限速度違反の過失があつたといわざるをえない。
そして、被告浜崎は、大型貨物自動車を運転して直進車である信二運転の自動二輪車の進行を妨げて右折したものであるから、同被告の過失は信二のそれよりもはるかに大きいが、過失相殺において信二の右過失を決して無視できるものではなく、本件に現れた一切の事情を斟酌して右過失を対比すると、その割合は、同被告が八五パーセント、信二が一五パーセントとみるのが相当である。
五 被告らの支払うべき金額
1 過失相殺
前述のとおり、原告治の損害は金二六四二万〇一〇六円、原告笙子の損害は金二五二二万〇一〇六円であり、前記過失相殺による控除をなした後の金額は、次の計算式により、原告治においては金二二四五万七〇九〇円、原告笙子においては金二一四三万七〇九〇円である。
計算式 原告治 26,420,106×0.85=22,457,090
原告笙子 25,220,106×0.85=21,437,090
2 損益相殺
原告らは、自賠責保険から合計金二五〇〇万円の支払を受け、右金額の二分の一にあたる金一二五〇万円ずつを原告らの損害に充当したことは、原告らの自認するところである。
よつて、右充当額を控除した後の金額は、原告治において金九九五万七〇九〇円、原告笙子において金八九三万七〇九〇円となる。
3 弁護士費用(原告らの主張は原告ら各自金一二〇万円)
原告らが本訴訟遂行のために弁護士に委任したことは明らかであるところ、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告治につき金一〇〇万円、原告笙子につき金九〇万円と認めるのが相当である。
第四結論
よつて、原告らの本訴請求は、主文第一項及び第二項記載の限りにおいて理由があるからその範囲で認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 横田勝年 永吉孝夫 武田義德)